遅筋繊維(typeⅠ)形成の仕組み 発見
疲労しにくい筋肉(抗疲労性筋線維)の形成の仕組みを発見
筋繊維(筋肉の質)には大きく分けて2つの種類があります。
typeⅠ:一般的に「遅筋繊維」と言われており、強い力は出せないが疲労しにくいのが特徴です。赤い色をしています。ヒトの身体活動(特に日常生活)は殆どこの遅筋繊維を使っています。
typeⅡ:こちらは「速筋繊維」と言われており、強い力発揮をする筋肉です。ただ疲労しやすいという特徴があります。白い色をしています。重いものを持ち上げたりするときにこの繊維が働きます。
ちなみに中間筋(ピンク色)も存在します。これは上記2つの丁度間に位置し、力も強く、疲れにくい万能な筋肉です。
遅筋繊維を形成する機構を発見した研究を紹介します。
九州大学大学院農学研究院 辰巳隆一准教授、水野谷航助教、中村真子准教授ら研究グループは、筋組織幹細胞(衛星細胞)が合成・分泌するタンパク質セマフォリン3A(Sema3A)によって抗疲労性筋線維の形成が誘導されることを初めて見出すと共に、細胞膜受容体に始まる細胞内シグナル伝達軸を明らかにしました。
骨格筋の疲労耐性やエネルギー代謝(糖と脂肪酸のどちらを使うか)などの特性は、“筋線維”と呼ばれる細長く大きな筋細胞のタイプによって決まります。筋線維には、抗疲労性筋線維(別名:遅筋型;マラソン選手に特に多い)と易疲労性筋線維(速筋型)の2つのタイプがありますが、筋の成長や再生の過程でどちらのタイプになるかを決定する機構はこれまで不明でした。
本研究では、衛星細胞のSema3A遺伝子だけを不活化すると、抗疲労性筋線維がほぼ完全に消失することから、生体内においてSema3Aが強力な初期決定因子として働いていると着想しました。このSema3Aによる制御機構の重要な特徴の1つは、Sema3Aが細胞膜受容体に結合すると動き出すことにあり、このことはSema3A以外の受容体結合因子によって抗疲労性筋線維の形成を促進できることを意味します。事実、ある種の食品成分が受容体結合因子であることを見出しており、この食品成分をサプリメントとして摂取すると抗疲労性筋線維が増える可能性があります。
社会的効果と今後の展開
上述のサプリメント摂取法は、加齢や寝たきりなどの不活動に伴う筋持久力低下の抑制方法への適用が期待されます。適度な運動や分岐鎖アミノ酸の摂取が推奨されていますが、作用機構に裏付けられた初の本格的な栄養機能学的方策となると期待されます。また、脂肪酸をエネルギー源とする抗疲労性筋線維の増加は脂肪の燃焼を促進するので、肥満や糖尿病などの成人病の予防にもつながり、健康寿命の延伸(QOLの改善)にも貢献できます。さらに、抗疲労性筋線維は食肉の軟らかさや脂肪交雑および旨味や機能性成分(へム鉄やカルニチン)の含量と相関していることから、“より美味しい食肉”の生産科学にも応用が期待されます。
サプリメントによって遅筋繊維の形成が促進されるか否かは今後の研究を見ていく必要があります。しかし、重篤な筋疾患(ALSやDMDなど)の治療法の開発に役立つ研究だと思います。
また、近年話題になっているサルコペニアやロコモティブシンドロームの治療法にも参考になる研究と考えられます。
一方で、筋肉がついたとしてこれを使えるかどうかは、やはり訓練(トレーニング)が必要だと考えています。筋繊維は神経が通うから初めて自分の意志どおりに使えるのです。
サプリメントとして摂取させれば完結というわけではなく、それは手段の一つです。もちろんトレーニングも手段の一つです。それらのピースを出来るだけ多く集めた方が、患者さんの健康状態の改善になります。
しかし、前出の研究はとても興味深いことに変わりはありません。
引用:疲労しにくい筋肉(抗疲労性筋線維)の形成の仕組みを発見
論文情報:Slow-Myofiber Commitment by Semaphorin 3A Secreted from Myogenic Stem Cells