野球ピッチャーの肘・肩の障害予防-球数制限
夏の甲子園が開催されています。現在の高校野球で、必ずと言っていいほど話題になる『球数制限』があります。
球数制限ですが、これは投手の怪我を予防するための措置という考えのもと検討・導入されています。しかし、現在の高校野球における球数制限は『1人の投手が投球できる総数は1週間500球以内とする』となっており、実態は制限があってないようなものです。
では、どのくらいの球数なら障害を予防できる確率が高いのでしょうか。
野球の投手における投球負荷モニタリング考察
- 高校野球では、肩と肘の怪我が全ての怪我の63%を占め、投手は他ポジションプレイヤーよりも上肢の怪我のリスクが3.6倍高かった。
- 1試合で75球以上投げた13〜14歳の投手は、シーズン中に肩や肘に痛みやけがを経験する確率がそれぞれ1.59倍と2.17倍になった。
- 1年で400球以上投げた選手は、肩や肘に痛みやけがを経験する確率がそれぞれ2.81倍と2.34倍になり、若い投手の累積作業量とけがとの関係が明らかにされた。
- 負傷した投手は毎年平均1293.8球を投げ、負傷していない投手群の2倍以上の球数を投げていた。特に、投球に関連する怪我をした投手は、怪我をする前に腕に疲れを感じていた確率が7.88倍も高いことが分かった。
- Olsenらは、1試合あたり80球以上投げる投手は、80球未満で投げる投手よりも手術を必要とする怪我のリスクが4倍高いと報告している。
コーチ、保護者、臨床医によるガイドラインの遵守は非常に重要ですが、いくつかのグループは、関係者がガイドラインを理解し遵守していないことを示しています。
思春期野球投手における肩・肘関節損傷のリスクファクターについて
方法:肩または肘の手術を受けた95人の思春期の投手と、投球に関連した重大な傷害を受けたことがない45人の思春期の投手がアンケートに回答した。回答は、t検定およびχ(2)分析を用いて2群間で比較された。危険因子を特定するために、多変量ロジスティック回帰モデルを作成した。
結果:負傷した投手群は、年間投球回数・試合数、試合前のウォームアップ投球回数を有意に多くしていた。これらの投手は、先発投手の頻度が高く、試合での投球回数が多く、球速が速く、腕の痛みや疲労を感じながら投球することが多くありました。また、怪我を防ぐために抗炎症剤を使ったり、氷を使う頻度も高かったそうです。年齢が一致しているにもかかわらず、負傷したグループの方が身長が高く、体重も重かった。
個人的な投球指導、コーチの主な関心事、投手の自己評価、運動プログラム、ストレッチの実践、リリーフ頻度、球種頻度、球種を初めて投げた年齢については、有意差はなかった。
結論:投球練習は、群間で有意な差があった。傷害と最も強い関連を示した要因は、オーバーユースと疲労であった。投球速度が速いことや試合への参加も、傷害のリスク上昇と関連していた。
これらの結果に基づいて、新たな推奨がなされた。勧告を遵守することで、思春期の投手に対する重大な傷害の発生を減らすことができるかもしれない。
こういった多くの研究に基づき、USAベースボールとメジャーリーグベースボールの協力のもと、「ピッチ・スマート」が実施されました。このガイドラインは、複数チームでのプレーを制限し、十分な休息時間を確保し、年齢別の球数制限と休息時間を設けることで、過剰な仕事量による怪我のリスクを最小限に抑えることを目的としています。
さらに2017年から、全米高校連盟は、すべての州で高校野球の球数制限を定めることを義務付けました。
ピッチスマート
ピッチスマートに書かれている15−18歳の項目は以下の通りです。
- 速球とチェンジアップが安定してから変化球の使用を開始する。
- 12ヶ月間の投球イニング数が100イニングを超えないこと。
- 毎年、最低4ヶ月は投球練習を休み、その内2〜3ヶ月はオーバーヘッド投球を休ませる。
- 投球前のウォームアップを徹底する。
- 投球回数制限と必要な休養時間を設定し、これを遵守すること。
- 同時に複数のチームでプレーすることは避けましょう。
- 投手としてプレーしていない時に、捕手としてプレーすることは避けましょう。
- 同じ日に複数の試合で投球することは避けましょう。
- リーグ、トーナメント、試合のガイドラインを必ず守る。
- その他の疲労の兆候を監視する
- 投手が試合に残り、別のポジションに移った場合、残りの試合ではいつでも投手として復帰できるが、1試合につき1回のみとする。
- 投手は、投球回数にかかわらず、3日連続で投手として試合に出場してはならない。
また、1試合での球数と休息日は以下の通りです。
- 15-16歳:1日の最大投球数95/1-30球0日、31-45球1日、46-60球2日、61-75球3日、76球以上4日
- 17-18歳:1日の最大投球数105/1-30球0日、31-45球1日、46-60球2日、61-80球3日、81球以上4日
このピッチスマートに書かれているものを守れれば選手の障害予防にはかなりプラスになると思いますが、実際のところ導入は難しいと思います。しかし、少なくとも『1週間500球以内』よりは根拠があり何倍もマシなので、参考にはするべきだと思います。(『1週間500球以内』って誰が何を根拠に決めたのだろうか?)
ピッチスマートは、各カテゴリーでこういった制限の提案が書かれているので、アマチュア野球(小学生〜大学生)に携わる指導者は目を通しておくと良いと思います。身体が完成した大人(プロ野球・メジャーリーグ)でさえ100球を交代基準として設定しているので、成長期の子供たちが100球以上投げることは、子供たちの身体を過度に損傷させていると言えるでしょう。
実際の日本での高校野球で導入できそうなものを以下に挙げてみます。
- 投球前のウォームアップを徹底する。
- 投球回数制限と必要な休養時間を設定し、これを遵守すること。
- 投手としてプレーしていない時に、捕手としてプレーすることは避けましょう。
- 同じ日に複数の試合で投球することは避けましょう。
- リーグ、トーナメント、試合のガイドラインを必ず守る。
- その他の疲労の兆候を監視する
- 投手は、投球回数にかかわらず、3日連続で投手として試合に出場してはならない。
- 1日の最大投球数105
これはすぐにでも導入できる項目だと思います。また、60球以上投げたら1日以上は休息日を設けた方が良いでしょう。試合前ブルペンを含めると80球以上にはなると想定されるからです。(1試合あたり80球以上投げる投手は、手術を必要とする怪我のリスクが4倍高いという報告があるため。)
球数制限の問題点(デメリット)と解決策
球数を制限することは、成長期の子供たちにとって障害を予防する策としては導入しやすいものですが、一方で問題もあります。
- 優秀な投手が多いチームが有利
- 選手の練習(投球)機会が減る
- 高校野球で引退する選手の気持ち
優秀な投手が多いチームが有利
例えば、この夏の甲子園で大阪桐蔭という超強豪校がありますが、大阪桐蔭には140km/h以上を投げれて、直球も変化球もコントロールできるピッチャーを4〜5人用意しています。他校に行けばエースという選手が次々と出てくるので、球数で降板しても打てる確率はそこまで変わらないでしょう。
逆に、エースが1人、控えのピッチャーが130km/h出ないうえに変化球の制御もまだ未熟とか、まだ十分に育っていない2年生以下の投手しかいないというケース。こういったチームは甲子園では少ない方ですが、県大会まで含めて見ると実はかなり多いです。
したがって、球数制限は強豪校と中堅以下の高校の戦力差をより助長させる事になります。
この問題に対する対策は、最低でも3人の投手育成となるでしょう。チームとして出来ることはこれしかないと思います。
その他、運営がルールを再構築する事も考えられます。越境入学者のベンチ入り人数を制限する事です(例えば各学年2人までにするとか)。これなら、『県外の指導者のもとで練習したい』という“選手が入学先を選択する権利”は守られる事になります。ベンチ入りの可能性は今よりも更に下がるリスクを負って、県外の指導者のもとへ行く。一方でそれを敬遠する選手も現れるでしょうから、県内の上手い選手が県外に流れるケースが減るので、多少の戦力均衡化が図れると考えられます。
選手の練習(投球)機会が減る
野球が上手くなりたければ試合をするのが一番の近道です。しかし、27個のアウトで100球ですから、4球で1アウト取らなければなりません。これはヒットを打たれない前提での考え方ですから、仮に1試合で6本のヒット(またはエラー含む出塁)を許すと仮定すると33人の打者と対戦する事になり、1人3球で勝負という事になります。
さらに出塁を許したり、相手バッターがファールで粘ったりすることも考慮すると、1人と対戦するのに要する球数はもっと減るでしょう。
こうした事を考えると、勝負の面では、ストライクからボールゾーンへの出し入れなど、打者との駆け引き・心理戦が出来ない事になります。
技術面では、やはりある程度の投球(試合以外での練習含む)をしないと技術の習得機会が減る事も考えられます。現在プロで活躍しているような20代後半〜30代の選手たちが高校生の頃、球数制限という考えは今よりも更に浸透していなかったので、試合や練習で120〜150球くらいは普通に投げていたでしょう。
“上手くなるにはある程度の練習量が必要”と考えることもできます。
しかし、現代野球においてはトレーニングの浸透により基礎身体能力(主に筋力・パワー)が飛躍的に向上しているので、選手の筋肉や関節、靭帯にかかるストレスは何倍にもなっています。現にここ数年ではどのチームも140km/h以上投げれる投手がいます。したがって、10年以上前と比べるのは前提条件が全く異なり、練習のやり方を変えなければなりません。例えば、ウエイトトレーニングなどで身体能力を高めたり、敵チームやプロ選手の映像を研究して野球IQを高めて次の練習に活かしたりと、ボールを投げなくてもやれることは沢山あります。
現代の球児達は、普段の練習から『100球以内で自分の形を作る。何かテーマを持って取り組む。』という考え方にシフトする時代が来ていると言えるでしょう。
一方で、沢山練習することでコツを掴む重要性も理解しています。私も学生アスリートだった時代があるわけですから。しかし、振り返ってみれば、慢性疲労による怪我を長期間抱えて、満足に練習できなかったり、オーバートレーニングのような状態になったので、やはり練習量も考えなければならなかったと言わざるをえません。
高校野球で引退する選手の気持ち
高校で野球を引退するので、怪我してもいいから悔いがないよう最後まで投げたい。こういった考えを高校生が持つことは理解できます。
しかし、この考えはこれまでの文化が育んだ面もあると思います。まだ、現代野球の変化についていけていない(先発が完投することが美徳と考える)指導者や親御さんも少年野球〜高校野球の中には沢山いると思われます。また、少年野球からほぼトーナメント形式ですので、“勝利”を求めなければならない制度になっていると思います。その考えで育った選手が完投したいと考えるのは普通のことです。
少年野球の頃から、出来る限り全ての選手が出場するような戦い方・教育を受けていれば、たとえ高校で引退するとしても先発する選手は『6回までゲームを組み立てるのが先発である自分の仕事だから、6回まで悔いのないよう全力で投げよう』と考えれるはずです。
また、3年生の控え投手は、負け試合で最終回にお情けで出してもらうより、7〜9回を任せられる方が嬉しいはずだし、成長機会も得られます。『引退するから最後まで投げたい』は、こうした控え選手の事を無視した考え方です。これは指導者や親御さんが考え方を改めて、選手たちに共有する必要があるでしょう。
まとめ
選手の怪我を防止するために、球数を制限することは有効な手段であり、控え選手の出場機会を提供する事にも繋がります。
高野連を管轄する日本学生野球協会は『学生野球は学校教育の一環として位置づけられる。学生野球は経済的な対価を求めず、心と身体を鍛える場である。』と一番最初に主張しています。
したがって、“勝つためにエースピッチャーを出来るだけ長く投げさせる”より、“チーム全員が出場機会を得ながらどう勝つかを考え、実践すること”が、特に成長期にあたる高校野球には求められ、日本学生野球協会の目指す『心と身体を鍛える場』の考えに一致するのでは無いでしょうか。
そのための仕組みづくりを、チーム、運営サイドがそれぞれ考え議論・ルール運用されることが望まれます。
取り急ぎチームとしては、1日の最大投球数105球(できれば80球で交代検討)、休息日を設ける、この2つは早い段階で前向きに導入してほしいと思います。
参考文献
- 高校野球規則
- 日本学生野球憲章
- A Review of Workload-Monitoring Considerations for Baseball Pitchers
- Risk factors for shoulder and elbow injuries in adolescent baseball pitchers
- ピッチスマート
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