トランスジェンダー女性のホルモン移行と身体組成などの変化
現在、スポーツ界では、アマチュアレベルからエリートレベルまで、スポーツ競技にトランスジェンダーをどのように含めるかという課題に直面しています。
現在までにトランスジェンダーの選手がオリンピックに出場したことはありませんが、社会における性別の多様性を持つ人々の認知度が高まっているため、スポーツの管理者や立法者は、性別の二元論から外れたアスリートを受け入れるためのルールを作成しなければなりません。
男性アスリートと女性アスリートの間には、パフォーマンスに関する定量的な差が多く存在します。これに対して、性別適合ホルモン治療(GAHT)を受けたトランス女性とシスジェンダー女性との間のパフォーマンス関連の差は、あまり明確にわかっていません。(シスジェンダー=生まれつきの性別と性自認が同じ)
トランス女性に対するGAHTは、抗アンドロゲン(≒男性ホルモン)剤と外因性エストロゲンの導入からなり、ホルモン環境を変化させ、その結果、身体を女性化させることを目的としています。
しかし、GAHTを受けた非アスレチックトランス女性の研究では、除脂肪体重(LBM)、筋断面積(CSA)、筋力、ヘモグロビン(Hgb)及び/又はヘマトクリット(HCT)の変化も報告されており、これらのパラメータは運動能力に関連します。
持久系スポーツでは、ヘモグロビンが重要で、肺から末梢組織へ酸素を運ぶ役割を担っています。ヘモグロビン、または血液全体量に対する赤血球の量であるHCTが低いと、組織への酸素供給が減少し、その結果、持久力のパフォーマンスに直接影響を与える可能性があります。
ヘモグロビンの標準的な値は男性と女性で異なり、「正常」値は男性で 131-179g/L 、女性で 117-155g/L です。HCT 値も女性(37%-47%)より男性(42%-52%)で高いと言う特徴があります。
トランスジェンダー女性において、GAHTはテストステロン値を著しく低下させるため、HCTとHgbの減少を経験する可能性があり、これは持久力のパフォーマンスに悪影響を及ぼすと予想されます。
シスジェンダー男性では、思春期によるテストステロンの増加が、筋断面積の増加、除脂肪体重の増加に関連し、筋力を促進します。
運動能力に対するGAHTの生理的影響とその時間経過の両方を理解することは、意思決定者や政策の見直しを行う人々にとって重要です。
テストステロン抑制GAHTを服用しているトランスジェンダー女性では、テストステロンレベルが著しく低下することが知られていますが、このホルモンの変化が生理に与える影響と、これらの変化が起こる時間経過はあまり明らかではありません。
- GAHT(テストステロン抑制とエストロゲン補充)により、非競技系トランス女性の運動能力に関連する生理学的パラメータの変化とその時間経過に関連する知識の現状を要約
- トランス女性のエリートスポーツへの参加に対する潜在的意味を検討する
この2つを確認していきたいと思います。
研究の中身
795件の論文から、24件の研究がこのレビューに含まれた。各研究から以下の情報を抽出した:筆頭著者名、国、出版年、トランスフェミックスの参加者数、シスジェンダー男性および女性の参加者数(該当する場合)、あらゆるフォローアップ期間、医療の種類、測定方法、評価時間、および結果。研究の参加者は12から249と様々であった。
筋肉量と体脂肪の変化
8件の研究は、除脂肪体重(LBM)の変化を評価するために追跡調査デザインを用いた。
7件の研究は12ヵ月後に評価し、1件の研究は、5~31ヵ月間治療を受けていた患者をレビューした。これらの研究のうち、大規模(n=179)な7つの研究と、GAHT後のテストステロン(~8nmol/L)が高い2つの研究は、ホルモン移行後に総LBMが3.0~5.4%減少することを示した(p<0.05)。LBMの有意な変化を証明できなかった1件の研究は、明らかな異常値ではなかった。
すべての研究が、ホルモン移行後のトランス女性における総体脂肪量の増加を報告している。
3つの横断研究では、トランス女性とシスジェンダー男性との比較が行われた。これらの研究では、シスジェンダー男性よりもLBMが6.4%及び8.0%低く、12ヶ月間のGAHTによりトランス女性のLBMは4%減少したと報告している。
3 件目の横断研究では、48 ヶ月以上の GAHT を受けたトランス女性とシス ジェンダー男性が比較され、トランス女性の LBMはシスジェンダー男性より 17%低いことが報告された。
筋断面積(CSA)の変化
4件の追跡調査は、MRIまたは末梢型定量的コンピュータ断層撮影法(pQCT)を用いて、大腿四頭筋、前腕またはふくらはぎ部位のCSAを調査している。これらの研究の1つでは、最終的なテストステロン値が8.8nmol/Lに達したばかりの青年期の参加者を調査し、前腕とふくらはぎのCSAがそれぞれ4.1%と8.9%減少していることが示されている。
12ヶ月と24ヶ月または36ヶ月の両方で筋CSAを評価した2つの研究があった。最初の研究は、12ヶ月後にベースラインと比較して大腿四頭筋のCSAが9.5%減少し、36ヶ月後にベースラインと比較して大腿四頭筋のCSAが11.7%減少したと報告した。2番目の研究は、12ヶ月後にベースラインと比較して脛骨CSAが1.5%減少し、24ヶ月後にベースラインと比較して3.8%減少したことを報告した。同じ研究では、ベースラインと比較して、前腕のCSA は 12 ヶ月後に 8.6% 減少したが、24ヶ月後にはベースラインより4.4% 減少しており、前腕のCSAは12ヶ月より24ヶ月後に4.2% 大きくなったことが報告されている。
2つの横断的研究は、トランス女性とシスジェンダー男性を比較した。1件の研究では、ホルモン未投与のトランス女性のCSAはシスジェンダー男性より9%小さく、24ヶ月のGAHTによりトランス女性のCSAはさらに4%減少したと報告している。2番目の研究のトランス女性は、全員が48ヶ月以上のGAHTを受けており、シスジェンダー男性よりもCSA が 24%小さかった。
筋力の変化
5つの縦断的研究は、トランス女性の筋力を調査したものである。
そのうち4つの研究は、参加者の手の握力を測定したものである。最大規模の3つの研究(n=249)と他の1つの研究では、GAHTの12か月投与後に有意な(p<0.001)低下(それぞれ4.3%と7.1%)が認められた。2件の研究では,有意な筋力の差は認められなかったが、そのうちの1件は、典型的な女性のテストステロン値(GAHT 後 8.8 nmol/L)に達しなかった青年に対して実施されたものであった。
5つ目の縦断的研究では、膝の屈曲と伸展を用いて大腿筋力を測定し、12か月後に有意差は見られなかった。
2つの研究は、横断的デザインを用いて、トランス女性の筋力をシスジェンダー男性と比較したものである。1つの研究では、ホルモンを投与していないトランス女性の手の握力は、シスジェンダー男性よりも14%低く(p<0.001)、さらにGAHTの12ヶ月後にはトランス女性の手の握力は7%低下していることがわかった。もう一つの研究では、GAHTを48ヶ月以上続けた後、トランス女性の手の握力と大腿四頭筋の筋力が、シスジェンダー男性より24%低いことがわかりました(p<0.001)。
ヘモグロビンHgb と ヘマトクリットHCT の変化
9件の研究が、ホルモン療法後最低3ヶ月から最高36ヶ月までの、GAHT前後のトランス女性のHgbまたはHCTのレベルを報告している。
これらの研究のうち、大規模(n=239)研究を含む8つの研究では、ホルモン療法によってHgb/HCTが有意に(4.6%-14.0%)減少することがわかったが、1つの研究では6ヶ月後に有意差が認められなかった。参加者はまた、典型的な女性のテストステロンレベルに達することができず(6ヶ月後の平均テストステロン=6.9nmol/L)、他の8つの研究のうち6件ではGAHT後の平均テストステロンは2.0nmol/L未満であった。
3つの横断研究では、GAHT後のトランス女性のHCTをシスジェンダー対照と比較している。2件の研究では、GAHTを6か月または48か月行ったトランス女性は、シスジェンダー男性よりもHCTが低い(10%)ことがわかった(p<0.005)。一方、2件の研究では、GAHTを6 か月および 12 か月行ったトランス女性とシスジェンダー女性との間に差はないことが わかった。3件の横断的研究では、GAHT6ヵ月後のトランス女性とホルモン未使用のトランス女性との間で HCT に有意差(p<0.05) または大きな効果量があり、HCTは7.4%-10.9% 減少することがわかった
考察
運動能力に強く関連する4つの特性における、非競技トランス女性のGAHTによって引き起こされる変化を要約しました。
- LBM
- 筋CSA
- 筋力
- Hgb/HCT値
全体として、これらのパラメータが時間とともに減少することが示されました。しかし、これらの減少の時間的経過は、評価したパラメータ間で一貫していませんでした。
身体組成と筋力
GAHTに関連して、LBMの減少(0.8%~5.4%)を報告しています。また、12か月のGAHTは、筋肉のCSAを減少させました(1.5%-9.7%)。しかし,さらに12ヶ月または24ヶ月のGAHTを実施しても,必ずしも筋CSAのさらなる減少を誘発しませんでした。
12ヶ月のGAHTによる筋力低下も、有意でないものから7%までの幅がありました。
これらの筋力パラメータのデータを総合すると、シスジェンダー女性はシスジェンダー男性に比べ、LBMが31%低く、手の握力が36%、膝伸展力が35%低いことを考慮すると、12~36ヶ月のGAHT後のトランス女性の筋力低下が小さいことから、トランス女性はシスジェンダー女性より筋力の優位性を保持している可能性が高いことが示唆されます。GAHT の期間が長くなると、トランスジェンダー女性の筋力がさらに低下するかは不明です。
血液
筋力に関するデータとは対照的に、血球の所見からは、異なる変化の時間経過が見られました。
GAHTを3~4ヶ月続けると、トランスジェンダー女性のHCTやHgbの値はシスジェンダー女性の値と一致し、36ヶ月までの研究では、値は「正常」な女性の範囲内で安定したままであることが分かりました。
GAHT によってHgb/HCTが「正常」な女性レベルまで急速に低下することを考えると、トランス女性のアスリートは、肺から活動筋への酸素輸送が減少することが一因で持久力の低下を経験している可能性があります。この推測は、トランス女性のアスリートを対象に行われた数少ない研究の一つで報告された結果と一致するものです。
年齢でパフォーマンスを調整したところ,8 人のランナーは,女性カテゴリー(GAHT 後)において,男性カテゴリー(GAHT 前)よりも競争力が高いとは言えなかった。このこと、そしてHgb/HCTの変化が筋力の変化とは異なる時間経過をたどることを考えると、持久力系スポーツにおけるトランス女性のためのスポーツ特有の規制が必要なのかもしれません。
興味深いことに、シスジェンダー男性と比較して、ホルモン非摂取のトランス女性は、6.4%~8.0%低いLBM、6.0%~11.4%低い筋CSA、10%~14%低い握力を示しています。この格差は、ホルモン非摂取トランス女性とシスジェンダー男性が同様のテストステロンレベルであるということから注目すべきことです。この筋力差の説明は不明ですが、トランス女性が積極的に筋肉をつけたり、乱れた食生活を送ることを控えたり、あるいは単にスポーツをする気がなく、おそらくスポーツの場で歓迎されない存在であると感じていることが影響している可能性があります。
シスジェンダーの男女を単純に比較するのではなく、トランス女性のスポーツ能力を評価することが必要である。
このレビューでの限界点
この系統的レビューでは、運動能力のないトランスジェンダー女性におけるGAHT後のLBM、CSA、筋力、Hgb/HCTの変化を評価した研究を確認しました。しかし、いくつかの限界が指摘されています。
今回紹介するデータは有意義なものですが、GAHTがこれらのパラメータに及ぼす影響、あるいはトレーニングや競技に従事するトランスジェンダーの運動能力への影響は、依然として不明です。
また、トランスジェンダー女性の身体活動レベルがシスジェンダー女性と比較された研究は報告されていません。
その他の制限としては、研究が英語のみで書かれていること、研究が欧米諸国で行われ、地理的なバイアスがかかっていることが挙げられます。
さらに、トランスジェンダーに関する多くの研究と同様に、サンプルサイズが小さく、研究期間が短いため、データのリスクがまばらであり、これは比較的小さな人口、採用の難しさ、時間の経過とともに脱落率が高くなることを表しています。
実際、ENIGI試験では参加者が重複しており、他の試験では方法論が異種であったため、意味のあるメタ分析の可能性は排除されました。しかし、全体として、異なる研究グループや方法(すなわち、縦断的研究と追跡研究)の結果はほぼ一貫しており、選択的報告や出版バイアスのリスクは低く、レビューした研究のデータは信頼できることが示唆されます。
アスリートの参考
先に述べたように、この分野の研究の大きな限界は、トランスジェンダーのアスリートにおける研究がないことです。しかし、ごく最近の研究では、アメリカ空軍の29人のトランス男性と46人のトランス女性のGAHTの30ヶ月前と後でのフィットネスレベルの変化が報告されています。空軍の入隊者は、定期的に身体活動を行い、1分間での腹筋と腕立ての回数と1.5マイルのレース時間の評価を毎年行うことが要求されています。それ自体はアスリートではないですが、入隊者は少なくとも運動訓練を受けていると考えることができます。この研究では、GAHTに2年間参加した後、1分間で行う腕立て伏せと腹筋の回数に、シス女性とトランス女性の間に有意差はなかったと報告されています。しかし、1.5マイルのフィットネステストでは、トランス女性の方がシス女性よりも有意に速く走りました。
訓練されたトランスジェンダーにおけるこれらの観察は、訓練されていないトランスジェンダーにおける今回のレビューの結果と一致しており、30ヶ月のGAHTは、筋持久力とパフォーマンスに関連する、全てではないがいくつかの影響因子を減衰させるのに十分であると思われます。
まとめ
全体として、本レビューは、トランスジェンダー女性におけるGAHTの12~36か月間の実施に応じた筋力、LBM及び筋CSAの減少、並びに3~4か月後のHbgの減少を報告している。これらの知見は、トランスジェンダーのアスリートを対象とした今後の研究を形成し、貴重で厳密な研究のためのデータを提供するのに役立つと思われます。
スポーツ団体は、すべてのアスリートを受け入れることを望んでおり、このトピックに関してエビデンスに基づく方針を策定できるよう、より多くの研究を行うことが必要です。
成功に重要な身体的パラメータの範囲はスポーツによってかなり異なり、GAHTの生理学的効果はその時間経過において異なることを考えると、今後の研究はアスリート中心であるだけでなく、スポーツに特化したものでなければなりません。
トランスジェンダーとシスジェンダーの女性が、GAHT 後でも有意義なスポーツを行うことができるかどうかは、大いに議論される問題です。しかし、この質問に確実に答える前に、ハイパフォーマーアスリートの発達に影響を与える要因の複雑さと複合性から、ここで評価した以外の属性についてさらに調査する必要があります。
この記事は、筆者が研究を読んで翻訳及び要約したものです。この分野については私自身疎い分野でもありますので、表現に誤りが含まれている可能性もあるため、詳細を知りたい方はぜひ原文をご覧頂けますと幸いです。
参考文献
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パーソナルトレーナー 井上大輔
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